あの日、空を飛んだ日

足尾に着くとまだ誰も来ていなかった。辺り一帯の空気全て、今は自分だけのもの。少し気分が晴れた。飛ぶなら風の穏やかな早朝か夕方がいいよと言われて来たものの、流石に早すぎた。ぞろぞろと人が集まってくる中で、講習場の顔見知りである青林さんが声をかけてくれた。「教本を見るといいよ」と言ってハンググライダーの教本を見せてくれた。Sylphの先輩には「頑張って」「飛べるといいね」と声をかけてくれた。というのも、風向きの予報は西。西ランディング場は東ランディング場よりも距離があるらしく、初飛びで西にテイクオフすることはあまりないと聞いた。

 

 

それでもテイクオフに行って緊張感を味わうだけでも経験になると北野さんは送り出してくれた。そして山に上がる準備をする。無線機、スピードメーター、緊急パラシュート付きのハーネス、いつもと違うものをいつもと違う場所に積み込んだ。終わるとすぐに、「バンが出るよ」と倉上さんに呼ばれた。倉上さんは一足先に講習場を卒業した方で、優しくて、分からないことを察して教えてくれて、準備も手伝ってくれた。

 

 

バンに乗ってテイクオフ場に向かう。隣にはN先輩、その隣にはA先輩が座る。山道を蛇行しながら揺られながら、何やら話している。

 

 

「西かあ。やだなあ。」

 

 

「ですね。届かない可能性があるんで。」

 

 

「……。」

 

 

届かないとは?一瞬なんのことかわからなかったが、朝の会話を思い出して理解した。西ランは東ランより遠いこと。俺は反射的に聞く。

 

 

「やっぱり西に飛ぶのは嫌なんですか?」

 

 

「そうだね~。いまだに。」

 

 

「……。」

 

 

ここに西に初飛ぶかもしれない人がいるんですけど?「バカですか?」と言いそうになって何とか堪えた。というのはウソだけど間違いなく不安は募った。

 

 

テイクオフに着いた。なんだか懐かしい感じがした。のんびり見渡している暇はなくすぐに機体のセッティングに取り掛かる。手間取ってルリさんに手伝ってもらい、説明してもらった西ランディングの場所が全然わからずと、幸先が悪い。倉上さんも西から飛ぶのは初めてだそうで、まずはNさんが飛び立った。続いて倉上さん、Aさん、Sさん。最後に俺。どうやら西に飛ぶみたい。

 

 

もう俺の番か。なんだか朝起きてからこの瞬間まで、時の流れが速く感じた。先の4人は無事ランディングし、俺は大門さんに無線チェックを入れる。噛んだ。緊張してるな、と思った。そこからはあんまり覚えていない。とにかく集中して、夢中だった。テイクオフしてまず思ったのは、「おぉ。スゲー。」って感じ。文字じゃ絶対伝わらないけど。あんまり大声で喜んだりするタイプじゃないけど、この時の俺はテンションだいぶ高かったかな。俺いま空中に浮いてるんだ。って実感して、体に当たる風がめっちゃ気持ち良かった。景色も良く見えた。その日は晴れていたのもあってサーマルが発生していたのかな。下からの風を感じた。「ん?高度上がってる?」と感じれるくらいの上昇気流だと思う。ぶわっっと体が浮き上がるこの瞬間!この瞬間が下りるまでで1番楽しかった。

 

 

空を飛ぶってこんなに楽しいんだ。俺はこのまま楽しく飛んでいける。そう思っていた。

 

 

だけどそんな楽しく飛ぶ俺とは裏腹に、空はそんなに甘くなかった。飛ぶ前の不安な気持ちも上昇気流によって吹き飛び、西ランへの通過地点であるソーラーパネルが近づいてきた時。右からなのか前からなのかはわからない。風が強く吹いた。そう感じた瞬間、機体があおられて右翼が大きく上がる。俺は傾いた機体を修正できずに、どんどんと左へ傾きながら回転していく。そのまま風の思うがままに飛んだ、というより飛ばされた俺の目の前には、気づくと緑一色、山の斜面が見えていた。つまり、180度回転したということ。つまり、テイクオフめがけて飛んでいるということ。ランディングの真逆に向かって飛んでいる俺はその時ようやく、「やばいな」とか思って修正を入れた。そのまま左に体重をかけ続けてなんとかランディング方向正面に向き直ることはできたものの…。結果として360度回転したということになる。

 

 

これが俗にいう初飛び一回転事件。

 

 

まぁこれはソアリングにチャレンジしたと解釈してもらって問題ない。サーマルを感じ自分なりに空に円を描いた、勇敢な男ということにしておいてほしい。

 

 

初飛びソアリングチャレンジが終わったあと、「落ち着いて~」「良いぞ~そのまま~」という大門さんの声が聞こえてきた辺りから、少し緊張し始めた。俺を落ち着かせようとしていることが分かり、さっきやったことの重大さを実感したからだと思う。もう失敗出来ない。ここからは意識をずっと耳に集中させていた。次の記憶は、ファイナルアプローチをかけた後の、「ぶつかるくらいで来い」という声。正面には大門さんと、間接視野で先輩たちがいるのが見えた。少し安心しながらあと少しの直線を滑空し、フレアをかけようとした、その時。またもや風にあおられる。俺は煽るのは好きだが煽られるのは嫌いだ。という俺の気持ちなど知ったことかと風が強く吹いた。今度は左翼が上がって右回りで回転していく。180度回転しながらボディランディング。正面には山の斜面。なるほどね。こうして俺の初飛びは終わった。

 

 

これも実を言うとソアリングにチャレンジしたわけで。高度1mからなんとか粘ろうとした、根気強い男ということにしておいてほしい。

 

 

ここからは言い訳と反省。まずは、緊張はあまりしなかったということを伝えたい。俺のプライドが、緊張のせいであの事件が誘発されたと認識されることを許さない。緊張でやらかした奴というレッテルを貼られるのが嫌だった。俺は、落ち着きグランプリがあれば全国100本の指に入るくらいには、自信がある。良く言えば、何事にも動じない強メンタル。悪く言えば、リアクションが薄くノリが悪い。そしてなにより最大の原因は、朝の目覚めが良すぎたこと。そこで運を使い切ってしまったことが事件の9割を占めているといっても過言ではない。

 

 

反省は、傾きの修正を全くと言っていいほどしていなかったこと。いわゆるノーコントロール。俺は、傾きを直すときに手を引き気味だという指摘を受けていた。これに加えて、西ランは遠いという情報を持っていた。飛び立った俺が出した結論は、手を引いて修正をすると高度が下がって、ランディングに届かなくなるかもしれない。「そうか。ずっとニュートラルにしておけば良いのか。」というアホみたいな答えだった。つまりハンググライダーにサルがぶら下がっているのと同じなわけで。そりゃあ一回転するな。よくよく考えたらなんのために講習場で傾き修正の練習をしたんだと。自分の無知さと頭の悪さに腹がたった。

 

 

そんな俺にも先輩たちは駆け寄ってきてくれて、頭をたたいてくれた。その時、ハンググライダーやってよかったな。Sylphに入ってよかったな。と思った。悔しさとか恥ずかしさとかいろんな感情が入り混じっていたけど、何よりまず達成感を感じられた。やってやったぞ。俺は空を飛んだんだ。

 

 

お助けサーマルのおかげでなんとかランディング場までたどり着いた俺に、講習場への強制送還が言い渡された。なるほどね。大門さんに奢ってもらったかき氷を食べながらいつもと同じ場所へ向かう。そうして俺は懐かしき斜面へ舞い戻った。

 

 

 

 

 

 

 

初飛び後の俺が調子に乗って書いたやつ。

次の山飛びで田んぼ沈するとも知らずに…。

 

 

 

 

 

俺的初飛びポイント

・基本的に空中は傾き修正さえすればニュートラルでOK

・8の字旋回は思っているよりもバンクがつくけど怖がらずに

・自分の考えはすべて捨てて大門さんの操り人形となること

 

 

 

 

 

ファイト!!りき!

そしてまだ見ぬ後輩たち!

 

 

I LOVE SYLPH!!!

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