nasaS2013 ~実行委員長

現部長のたてやまです。nasaS2013の2ndクラスに出場したわけですが大会の実行委員長もやってました。
競技の内容についてはもう記事が3つもあがっててこれ以上語る余地が無いようなので、大会運営について書いていきたいと思います。

昨日の関東学連でnasaSの反省を議題として取り上げたところで実行委員長としての仕事は一応の終わりとなりました。後は来年度の実行委員長が決まったところで仕事内容を引き継げばお役御免ですね。
思えばnasaSの準備は4月19日に行われた学連で役職決めをしたときから始まったので、この記事を書いているところではもう丸5ヶ月経っているわけです。長かったですねー。というわけなので、5月から7月辺りにかけては公認申請等でかなりたくさん仕事を抱えていた筈ではあるものの、今となっては苦労したという記憶もあまり無いです。

5月の主な仕事は、日本学連への公認申請へ向けて大会のルールを整備することでした。参加資格や競技規定については、学生リーグのルールをnasaSに適用できるように競技委員長と相談してところどころ手を加えるといった程度でした。まあそれだけでも大変でしたが。問題はパイロンで、昨年度までの大会ではテイクオフとランディングの間付近にパイロンが少なく、1stクラスのタスクを組みやすくするにはもう少しパイロンを増やしたほうが良いとのことでした。調べてみると足尾ではなぜかnasaSとパラ学で異なるパイロン表が使われており、パラ学でしか使われていないパイロンをnasaSの方に追加することにしました。さらに新規のパイロンを3つ加え、昨年度27個だったパイロンが今大会では47個になりました。パイロンを増やすには、追加するパイロンのGPS座標を表にまとめ、パイロン同士の距離を全て測定しなければなりません。そのために数日間Google EarthやExcelと戦ってました。

ルールを整備して日本学連に公認されさえすれば仕事の山場は終わるだろうと思っていたのですが・・・次なるJHFの公認を得る前に、とある事情によりメインランディングを大会で使えないかもしれないという問題が浮上し、大会の開催が危ぶまれる事態となりました。まあ、その節では残念ながら一学生が事態の打開に貢献できることはほとんどなく、心配する以外にほとんど仕事は無かったのですが。最終的にはかなりぎりぎりでJHFに公認していただくことができました。その過程では社会人の方々からもアドバイスいただくなど心配してくださって大変ありがたかったです。

そんなこんなで無事大会開催に漕ぎ着け、当日の様子は既に記事に書いてあるような次第です。役員として、実行委員長以外にも副実行委員長・協賛、リーグ、会計、ドライバー2人、とSYLPHの部員が6人関わりました。SYLPHの力無くしては今大会は運営できなかったと言っても過言ではありません。

今回のnasaSでは、今までNASA STUDENT CUPと呼称されていたものがnasa STUDENT CUPと変わったことに代表されるように、昨年度と変わったショップの場所や建物、ランディングの広さの中で如何に大会を開催するかということが課題でした。これに関してばかりは、エントリー人数が少なかったことがプラスに働いたような気がします。とは言え、大会を開催するからにはたくさんの選手に来ていただかなければ運営を続けていけないし競技としても面白くない。今後の大会を盛り上げていくためには、当然足尾の方からも他エリアの大会に積極的に参加しなければなぁと思います。その点では今年入ってきた一年生に非常に期待が持てました。大会スタッフの仕事を楽しんでこなしてくれているような声がちらほら聞こえてきたので。仕事の内容そのものにもかなり主体的に関わってくれて、一年生が質問してくれたことが大会運営の改善に役立ったという場面もありました。彼らもそろそろ選手として大会に出場できる頃になってくると思うので、自分たちが運営することになるときに備えて今のうちに経験を積んでおいて欲しいところです。

地味なデスクワークについて記事にした結果、特に写真も無い地味な記事になってしまいました。こんな大会裏話を書いても誰が読むんだろうなーと自分でも思ったので最後くらいは今後への抱負を書いてまとめてみました。
ともかく、nasaSが無事終了したのはnasaのイントラさん、OBの方、スタッフ・選手のみなさんのおかげです。来年度以降のnasaSもよろしくお願いします。

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